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バリアフリーではなく、バリアレス住宅という選択

このページをご覧のあなたへ。

このページと接点があるということは、きっとお住まいのことで悩みを持っているのかと思います。

きっと何かひとつくらいは

あなた自身や大切な人の手助けになることがあると思いますので

どうか最後まで読んでいってください。

会長は私に言いました

「みんな自宅で死にたいはずや。
損をしてもいいから、やってみたらええ」

4年前の冬だったと思います。会議室で、会長はそう私に言いました。

 「損をしてもいい」社会人になって、初めて言われたような気がします。

 私が会長のいるA社に勤めるまでの職歴は

  • 不動産鑑定事務所の補助業務
    (不動産鑑定士という試験の一次試験は合格しましたが、二次試験合格の実力がなく、諦めました。。)
  • 住宅ローンの債権回収会社
  • 一棟収益不動産の売買仲介業者(不動産屋です) 

 新天地となるA社では、売買仲介のほか、少し古めの物件を仕入れてリフォームをして販売する業務もしていました。

会長の息子である社長は
「付加価値のないまま単純転売をする」不動産業者ではいけないとよく言っていました。

いきなりあなたに嫌われたくないものの私の営業成績は、不動産業界の中ではわりと優秀なほうだったと思います。いわゆる大手不動産業者ではないにもかかわらずです。

ただ、率直に言って、営業成績がよかったのは、私の能力のたまものではありません。

 好成績の要因は、時流のおかげのほか 

 勤めていた不動産会社(A社の前の会社)から「利益を上げるまで働け!」という強力な圧力があったがゆえに、がむしゃらに動いただけのことです。

 誰にでもできることではないけれど、私にしかできないことでもありません。

 

 また、不動産鑑定、債権回収、売買仲介等の仕事を通じて
私自身、A社に転職する前は仕事を通じて精神的な充実感を得たことはあまりなかったような気がしています。

 不動産競売や債権回収や不動産売買という事象が発生している裏には、その不動産を手放さざるを得ない悲しい事情があることが多いものです。

 「一体、私の仕事は何の役に立っているのか?」

 とずっと、心のどこかで思いながら働いていた気がします。

 そんなフラフラした私を見かねたのかA社で働くBさんが、私をA社に引き入れてくれました。

 転職の決め手は
「Bさんが長く勤めている会社だし、そんな悪い会社ではないだろう」という思いと、Bさんがいつも

 「うちの会長は『君の夢はなんや?』」と言うんですよ」

 と言っていたことです。

 転職初日に会長に初めて挨拶に行き「君の夢はなんや?」と面と向かって言われた時は 「本当だー」と思ったものです。

A社では、毎月2回、会長との会議がありました。

会長はいつも「君たちの夢はなんや?」と語りかけてくるような人ですから、我々が通常イメージするような経営者像とはちょっと違います。

転職後しばらくしてからの会議で、新規事業アイデアを出す機会がありました。

それまでの会議での私は、前職の経験や人脈を活かして「どれだけの期間で、どれだけの利益があげられるか?」というようなプレゼンを会長にしていた気がします。

いつも会長は「おお、わかった。頑張れよ」というものの、どこか塩対応気味です。

私も私で「誰かの不幸のうえでご飯を食べるなんて、どこかよくないなあ」
「既存顧客で商売しているだけでは、A社で働いている意味、あるかなあ」とも思っていた時です。

そんな折、 私が定例の会議で

「高齢者や障害者、車椅子ユーザーが暮らしやすく設計された自宅」はどうかと提案したところ、冒頭に書いた

「みんな自宅で死にたいはずや。損をしてもいいから、やってみたらええ」と言われたのでした。

びっくりしました。どの会社も「いくら儲かるのか?」を求めるのが「当たり前」です。

私も当たり前のように「いかに儲かるのか?」のプランばかりを提案してきた社会人でしたから。

会長が「損をしてもいい」と言ったことには、本当に、本当に驚きました。

(後日なんとなく聞き及んだところによると会長の近しい方の何名かが施設や病院で最期を迎えたということもあったようです。)

A社には、会長と社長が定めた社訓があります。

「私たちは、奉仕に徹し、顧客に信頼される商人であろう」

というものです。

人によっては青臭く、理想的なだけの訓示かもしれません。しかし、A社の会長も社長も「損してもええ」と有言実行で私の背中を押してくれたのでした。

バリアフリー住宅を探してみたけれど

私の身近に介助が必要な人や車椅子ユーザーは「今のところ」いません。

しかし、そもそもいつ自分が介助を必要とすることになるのか?
もしくは、いつ身近な人の介助をすることになるのか?

私は現在44歳。父親は75歳の高齢者なので真剣に考えないといけないにも関わらず、考えないようにしていました。

数年前のことです。実家に暮らす父が病気で倒れた、と家族から連絡がありました。いわゆる狭小3階建ての一戸建の、2階で倒れたそうです。

異変に気づいた家族が救急車を呼んだそうですが、成人男性を急な階段を使い階下に移動させることは救急隊員に頼るしかできない作業だったそうです。

父は幸いにも一命をとりとめ、現在は快復しています。

またA社の同僚Bさんの義父も半身不随になってからは2階建ての自宅の2階部分は無用の長物になった、と聞きました。

アレ?2階(3階・上階)って、本当に必要?

そう思わされる瞬間でした。

それらの出来事をきっかけに、私は自分が車椅子ユーザー・高齢者になった目線で「バリアフリー」で検索し、実家近辺の賃貸と売買の物件情報をみました。

残念なことに、どの物件情報私の目からしても
「バリアだらけでは?」「暮らせるイメージが湧かない」と思いました。

不動産業者のくせに、車椅子ユーザーに配慮された住宅の供給がこんなにも少ないという事実を知らなかった私は、自身を恥じました。きっと、知ろうともしていなかったのですから。

これまでずっと、不動産を「収益性」という観点から数字にして情報のやり取りで手数料をもらっていた私にとっても、せめて自宅というものは投機や投資の対象という目線ではなく、実際の居住者の満足度(QOL)で設計されるべきかと思います。

ともあれ車椅子ユーザー(高齢者・障害者が利用する可能性の高いツール利用者)が暮らしやすそうな家がほとんど売ってないまたは、ほとんど貸しに出されていないという事実でもって、業界批判をしてもしかたありません。

ないならば、作ってみるしかないのでは?

そう思っていたところで、会長からのゴーサインが出たのでした。

幸い、私の妻は二級建築士なのです。30年近く「過ごしやすい空間」を考えている心強い味方です。

この家でずっと暮らせるのか?

いざ「よしやってみよう」と思ったものの何をどうしたらいいのか、さっぱりわかりません。

とりあえず福祉住環境コーディネーターの3級と2級という資格を取得し、高齢者や身体障害者の人が、住宅内でどういう困難にあいやすいのかを机上で勉強しました。

同時進行で、今は閉鎖されてしまった「ハウスクエア横浜」 という、車椅子に試乗しながら住宅展示施設を移動できるところでひとり、車椅子でうろうろしました。

たしか、3センチの段差が超えられなかったですし、イケそうだな、 と思ったスロープものぼりきれませんでした。たしかに、段差や傾斜というのは間違いなくバリアです。フラットであるに越したことはないでしょう。

しかし、床面がフラットであることをもってして「バリアフリー」と呼びがちな不動産広告には違和感を覚えています。

  • トイレへのアクセスにバリアはないか?
  • 扉の開閉の向きによるバリアはないか?
  • 浴槽のふちの高さや、深さに危険性はないか?
  • スイッチやコンセント、ブレーカーなどの位置はちょうどいいか?
  • キッチンや洗面台にバリアはないか?

などなど、段差以外にも、室内にバリアはたくさんあるはずです。多数あるバリアを放置したままで、この先何十年も、その家で暮らしいけるでしょうか?

  •  トイレに行く
  •  浴室に行く
  •  ご飯を食べる
  •  ベッドに行く

という日々繰り返される動作に潜むバリアをなるべく取り除くことは誰にとっても重大な意味を持つと考えています。

困ったら、その時に改修を考える、といっても本当にできることでしょうか?

バリアをフリーにするのは無理?

「本当にできることでしょうか?」と書いたのには理由があります。

なぜなら、私自身がこの取り組みのなかで当初思っていた以上の困難に直面したからです。

一定の条件のもと、1,000件以上の間取図をチェックしました。そのうち5物件、工事業者や妻を連れて内覧に行きました。そして、1物件だけ見つかりました。もともとの間取りの問題という以前に室内に至るまでの「バリア」があまりに多すぎたのです。

具体的にいうと

まず、国土の形状というとても大きな問題があります。

  • 傾斜地が多い
  • マンションのエントランスまでに階段がある(階段しかない)
  • そもそも土地が狭い(ので、上に重ねる高層化が不可避)

 バリアです。

次に、街づくりの問題

なるべく駅から近い物件を見つけたいのですが、駅の周辺というのは商業店舗に利用されることが多いため、住宅街というのは、駅前の喧騒を離れたちょっと遠いところにあるように都市計画が規定されています。

 バリアです。

次に、建築基準法では、建物の基礎は地面から30センチの高さが必要とあります。(浸水被害や、湿気対策の観点からは必要です)

 段差(バリア)、不可避です。

マンションの内覧を取り付けて、現地に行ってみると、今度は、共用廊下のはじっこ、玄関ドアの前に、排水溝があり、車椅子のタイヤが引っかかること必至。

玄関ドアの前に謎の幅の狭い門扉があり、車椅子で通過が不可能という、

ストリートビューだけでは分からない、オートロックを突破しないと分からないようなバリアもありました。

次に室内です。

普段、健常者は意識しないと思うのですが、意外と室内も段差が多いものです。廊下と比べてトイレが一段上がっている、下がっている、浴室が一段下がっている、などです。

さらに、間取り図だけでは撤去してもいい間仕切り壁なのか否かが分からないことが多いため、実際に現地で見て「ああ、これは壊せない」というケースもありました。

せっかく、工事業者さんにも時間を作って一緒に来てもらっているのに、現地でどうにもならないことがわかった時の落胆は大きいものです。

なぜなら、ある程度はなぜこのような家づくりになっているのか、分からなくもないからです。

 国土地理的な制約もわかる。

 街づくり(都市計画)もわかる。

 建築基準法の水害、湿気対策もわかる。

室内に高低差があるのもわかる(排水には高低差が必要なので、簡単に言えば便器自体は、高い位置にあるほうが流しやすい)のです。

ただ、誤解していただきたくないのは、おそらくこれまでの住宅供給者(行政・不動産業者さんたち)は、「バリアフリー住宅を作らないぞ!」などと思っていたわけではないということです。

現在の社会の意識レベルからして配慮が足りないのはやむをえないでしょう。

だからといってそのことが、現時点において、車椅子ユーザーや、身体障害者、いずれ我々もなるはずの高齢者にとって過ごしやすい住宅の供給が十分でないということの言い訳になってはいけないのでは?と個人的には思っています。

バリアレス住宅という考え

「全然バリアフリー住宅がないではないか」と文句ばかりを言っていては話が進みません。

色々な要素がからまって、バリアフリーの実現が難しいとして、私がひとまずやらなければいけないのは「バリアレス(より障壁の少ない)住宅」なのではないかと考えました。

バリアを「ゼロ」「フリー」にはできないかもしれないけれど、できる限りの配慮をした「レス」な住宅は目指せるのではないか?

以下に私がどのような点に留意してこのリノベーションに取り組んだかを列挙します。

トイレある意味で反射的な反応である用便という行為は、なるべく他者の遠慮なく
したいものと思いました。
車椅子から便器に移動するには、便器への横からのアクセスと、公衆用の
バリアフリートイレのような、十分なスペースが必要。
浴室私自身は、浴槽につかる、ということは年に2回くらいしかないシャワー派です。
常々、浴槽はいらないのでは?と思っていました。
「日本人にとって風呂は大事」と多くの人に言われました。
その気持ちを否定するつもりはありませんが
年間に浴槽で亡くなる人が約5,000人いるという事実や
おそらく今後、減ることもないであろうことも考えると
浴槽のフチが高いのをまたぐ、とか、底の深い浴槽に降りる、とかの
動作を毎日するのは、怖いなあ、と考えました。
ドア・扉私の自宅の扉はレバーを下げてから押したり引いたりするものです。
車椅子ユーザーと想定すると、こんなに使いにくい形状はないと思えてきます。
手前に開くドアの場合、開ける、下がる、入る、届かないから閉められない。
奥に開くドアの場合、押しひろげる、通過する、回転する、押し戻す。
という動作が必要でしょう。
キッチン私は、比較的(個人比)料理をします。
今の家のキッチンを、車椅子ユーザーは使えないなと思います。
なぜなら、下に書く洗面台と同様に、膝下が台の下に入らないと水道やコンロに
手が届かないだろうからです。
洗面台恥ずかしながら、私は、毎朝の洗顔の習慣のない人間です。
朝シャン派で、夜に入浴せずにベッドに入ることを妻から嫌がられています。
なので、洗面台ではヒゲを剃る、歯を磨く、髪の毛をセットする
くらいしかいません。
 が、私が車椅子ユーザーだったら、今の家では蛇口に手も届かないな
と思います。
コンセント・ブレーカー我が家のブレーカーは、クローゼットの中の高い位置になぜかあります。
ブレーカーが落ちた時、妻から「なんとかして!」と言われ、真っ暗な場所で
手探りでブレーカーを上げることが年に数回あります。

 健常者にとっても「嫌がらせ」としか思えない位置にあるブレーカー
私が車椅子ユーザーだったら、そもそもクローゼットにも行けないし、
行けたとしても、手が届かない。
コンセントの位置も含め、充電が必須な機器に囲まれて成立している
我々の生活を考えると、電気系統の「位置」も配慮したいものです。
室内の段差は極力ないほうがいい。
けれど、どうやら日本の法律的に、ゼロにはできそうにないので
ゼロにすることは努力義務としつつ、床の材料にも配慮し、
転倒したときに怪我をしにくい素材を選びます。

工事業者さんは言いました

このマンションの工事が行われていたある夏の日私は、進捗状況を見に現場に行きました。

会長のゴーサインをもらったのが冬だったのに、なぜ工事が夏かというと、物件の選定のほか、部材(バリアフリー系の設備が特に)の入荷に想定以上の時間がかかったからでもあります。

いわゆる「大量生産品」ではない、ということなのかもしれません。

私が現地に着いたのは正午過ぎだったでしょうか。
玄関ドアを開けると、職人(のC)さんがラジオを聞きながら体を横たえて仮眠を取っているようでした。

起こしては悪いと思い、私はそっとドアを閉め近所の喫茶店でカルボナーラを食べ、13時過ぎに再度物件を見に玄関ドアを開きます。

電動ドライバーのうねる音が聞こえました。作業を始めているCさんの存在にホッとして、私は「こんにちは〜」と入室しました。

 

Cさんは、私に気がつくと作業をやめました。おそらく、いきなり入室してきた私のことを賃貸仲介の案内している不動産屋さんと思ったのでしょう。

(実際には、工事も終わっていないので、賃貸募集はしていませんでした)

画像はイメージです
Cさんはこんな感じの場所でトイレを作っていました

 Cさんは、工事発注者である私(とは知らず)に

「この物件はね、車椅子の人にも使いやすいっていうコンセプトの間取りっていう珍しいことやってるんですよ」と笑顔で言うではないですか。

涙が出そうになりました。だって、私は発注者とは名乗っていない、ふらっと部屋に入ってきた一介のおじさんです。

そんな人間に対して、Cさんが物件のアピールをしてくれたのですから。

あなたは、「3人のレンガ職人」の話を聞いたことがありますか?旅人が、レンガを積んでいる職人に「あなたは何をしているのですか?」と尋ねたとき

一人目は「見れば分かるだろ。仕方がなくレンガを積んでいるんだ」

二人目は「家族を養うために、レンガ積みの仕事をしているんだ」

三人目は「歴史に残る大聖堂を作っているんだ」

と言ったというストーリーです。

まるでCさんが、「大聖堂を作っている」というような気持ちで、私の手がけている物件の工事をしてくれているであれば、

私がずっと抱いていた「私の仕事は誰の役に立っているのだ?」という思いの角っこを優しく溶かしてくれているような気がしました。

「3人のレンガ職人」イラストイメージ

 私はCさんに「この設計をしているのは私と妻なんですよ」と伝えました。

Cさんは驚いていました。

私は「こういう物件を広められるように頑張るので、その時はよろしくお願いしますね」と伝え、その場を離れました。

 不動産を数値・数字として見がちであった私にとって

  • 実際にそこで暮らす人の現在と未来を想像すること
  • 自分で行動して物件を選定したこと
  • 工事業者さんが胸を張ってくれていること
  • 私の取り組みを応援してくれている会社があること
  • 同業者で「いいね!」と言ってくれた人が5人くらいいたこと

など、それまでには感じえなかった境地を知れたことを、今は誇りに思います。


工事完了
施工事例

それでは、工事が完成したバリアレス住宅をご覧ください。

ありがとうございました。

 ここまで、おつきあいくださり、ありがとうございました。

私が、前職の会長・社長のもと多くの方々に協力して作った部屋の販売情報は下記に記載しております。

必要とされる方に、ご購入いただければ望外の喜びではありますが、物件は一つしかありません。

もしこの物件の購入はちょっと、という場合でもバリアレスな住宅への改装のご相談ということでしたら、その解決へのお手伝いをさせてもらえれば嬉しいので下記「お問合せ」からご連絡ください。

しつこい連絡や押し売りなどは趣味ではないので誓ってしませんのでご安心ください。

物件概要

取引態様売主
所在地埼玉県川越市南台3-12-2 南台マンション105号室
交通西武新宿線 南大塚駅 徒歩1分
構造1階部分
専有面積55.00㎡(壁芯)
バルコニー6.05㎡
建築年月1980年11月
価格2,480万円
総戸数36戸
管理費月額11,800円
修繕積立金月額9,600円
管理方式自主管理 巡回
会社名株式会社アルファコンサル
住所東京都千代田区二番町1−2番町ハイム311号室
電話番号03-6265-4792
免許番号東京都知事(1)第111994号
情報登録日:2025年12月12日